COMMENT
去年1年間に、柴幸男の『反復かつ連続』について、私は何人の人に語ったことだろう。
意表をつくアイディアとそこで繰り広げられた演劇の豊かさを、だれかれかまわず教えたくてたまらなかった。
そして1年後の今年1月、柴は『あゆみ』を上演して、さらに私達をうならせた。
3人の女がただただ歩き、話すというシンプルこの上ない作りで、何層もの時間と空間を、そして人が生きていくということを、想像させたからだ。
だから私はまた、だれかれかまわず柴幸男という新しい才能について話している。

安住恭子氏(演劇評論家)

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『あゆみ』を観たのは、「劇王V」という名古屋の短編芝居コンテストでした。面白かった。
シンプルな舞台に、シンプルな言葉のやり取りで紡がれてゆく、ノスタルジア。
あんなに素敵な『世界』と決勝で戦えた事、とても光栄に思っております。
柴さんは本当に凄い。日光に当たってなさそうな、申し訳なさそうな顔をしているのに、実は目の奥が笑っていないのも凄い。
どんな『あゆみ』に生まれ変わるのか、楽しみでなりません。

鹿目由紀氏(劇作家・演出家・第五代目劇王、劇団あおきりみかん主宰)

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泣いた泣いた。2年連続で泣かされた。
柴幸男はまさしく天才である。その着眼点・発想・実験性は常人が努力して得られるものではない。そして何よりも、心の琴線をワシヅカミにする天才なのだ。しかもしかも、涙を流す誰もがこの感情を何と名付けたらいいのかわからず戸惑ってしまうのだ。
彼の演劇は、素晴らしい芸術と優れた娯楽を味わえるとともに、演劇の未来までも予感させてくれる。それも、たったの20分間で。
私ども日本劇作家協会東海支部による短編演劇タイトルマッチ「劇王」で上演された、『反復かつ連続』そして今回長編として再誕する『あゆみ』は、そういう衝撃的大傑作だった。

刈馬カオス氏(劇作家・演出家・日本劇作家協会東海支部事務局長)

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まず、立つ。
アンドロメダから光が放たれた頃、人類は立った。
つまりその当時の人類にはアンドロメダの輝きは観ることが出来なかったのだ。
ヒトは何のために立ったのか。たぶん歩くためだろう。
ひとは立てるところにしか立てない。地上30cmの高さに張ったロープの上にすら立てない。
ふつうに立って歩いていると思っているのはヒトの傲慢さからくる錯覚である。
舞台に立つ、その不安と所在無さは原始の直立二足歩行に由来する。
立つ 、歩く、ポテンシャルからのエネルギー転換がヒトに何をもたらすか、未だにワカッテいない。

北村想氏(劇作家・作家・エッセイスト)

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今年2月に行われました劇作家協会東海支部主催の「劇王」に参加いたしました。
予選で敗退したので、決勝ブロックの柴さんに挑戦することなく、ただ短編版『あゆみ』を拝見しました。
嫌みの全く無いノスタルジックと言うんでしょうか(違かったらすいません)、
これを見れなかったカミさんにどういう内容か居酒屋で話してたら自分が涙ぐんでました。
オカマの映画評論家みたいなこと書いてますが、でもそういうことがありました。

下西啓正氏(劇作家・演出家・俳優、乞局局長)

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柴君という人は一見すると線が細くてひ弱い男に見える。いや、実際そうなのだ。
しかしそういう男に限って頑固で融通がきかない。柴君はその典型であると僕は確信している。
なぜなら彼は自分の演劇的ヒラメキに徹底的にこだわる。アイデアを出すのは案外楽だ。
重要なのはそれを昇華させる狂気である。間違いなく彼はオカシイ。
で、僕は彼の化学者にも似た頑固さが羨ましくて仕方がない。
次はナニとナニを融合して見せてくれるのかが楽しみで仕方がないのだ。

佃典彦氏(劇作家・演出家・俳優、B級遊撃隊主宰)

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できれば出会いたくなかった「同業者の天才」は2人だけいて、その一人が柴君です。
天才の仕事は6分間舞台を見れば判ります。
もちろん最初の直感はもっと瞬間的に訪れますが、自分のプライドを捨てるのに6分かかるのです。
劇王の祝賀会の帰り、僕は飲むのを堪えて車で彼を実家に送りました。
彼の地理感覚は中学生並でしたが、劇作は年齢とか経験ではありません。
あ、ちなみにもう一人はオリザさんです。もちろん彼も年下です。

はせひろいち氏(劇作家・演出家、劇団ジャブジャブサーキット代表)

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長久手町文化の家で行なわれた短編作品の競演「劇王V」で発表された『あゆみ』のロングバージョンをつくると聞いた。
少女から大人の女性になっていくそれぞれの登場人物の心模様を作品にした「あゆみ」は、いじらしくも、もどかしい“オンナの子”の感情を“オトコ柴”はリアルに描いてみせた。
記憶の片隅に忘れがたいそれはどこか懐かしい風景に“柴ワールド”の普遍性を見た思いだ。
「柴さん、ナゼそんなにオンナの子の気持ちがわかるの・・・?」

籾山勝人氏(長久手町文化の家)
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by toi-zuqnz | 2008-04-16 04:11 | COMMENT
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